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首相動静で振り返る、高市早苗の1年


2025年10月21日の午後、高市早苗は衆院本会議で第104代の首相に指名された。首相動静によると、その夜は皇居での親任式と認証式、官邸での記者会見と初閣議が続き、首相が官邸を出たのは日付が変わった午前0時36分だった。

それから1年。公務の記録がこうして日付をまたいだ夜は、この夜を入れて4回あった。残る3回は、12月の地震の夜、2月の衆院選の開票の夜、7月の特別国会の会期末を控えた夜である。

報道各社がこの1年を数字で振り返るなか、日本経済新聞は10月19日から連載「データが示す高市政権1年」を始めた。

首相動静は、首相がいつ、どこで、誰と会ったかを記者が分単位で書き留める記録だ(首相動静の記事)。本サイトには就任の日から2026年10月20日までの365日分が、1日も欠けずにそろっている。4つの夜と、そのあいだの日々を並べると、どんな1年だったのか。

この1年で、公務の記録が日付をまたいだ夜は4回。平日の公務は、中央値で9時35分に始まり19時9分に終わる。休日は125日のうち68日が、公邸や議員宿舎から出た記録のない日だった。

日付をまたいだ4つの夜

4つの夜は、10月、12月、2月、7月にある。

組閣の夜。 就任した10月21日は、22時からの記者会見のあとも、23時11分からの初閣議、閣僚との記念撮影、首相補佐官らへの辞令交付と続いた。官邸を出たのは、日付が変わった午前0時36分である。

地震の夜。 12月8日の23時15分、青森県東方沖を震源とする地震で、八戸市が震度6強を観測した(気象庁)。首相は議員宿舎から官邸に入り、日付が変わった午前0時と2時に、防災担当相や内閣危機管理監らと会っている。未明に宿舎へ戻り、夜が明けた9日は、8時59分から衆院予算委員会に出た。

開票の夜。 衆院選の投票日の2月8日、首相は21時41分に自民党本部で、候補者名が並んだボードに当選確実のバラを付けた。テレビやラジオなどの番組に続けて出たあと、23時30分から日付が変わるまで、鈴木俊一幹事長ら党の幹部と会っている。

会期末の夜。 特別国会の会期末を控えた7月24日、首相は22時52分に開会した衆院本会議に出たあと、衆参の正副議長や各会派へのあいさつ回りを続けた。国会を出たのは25日の午前0時4分で、6分に公邸に着いている。その日の動静は、「午後は公邸で過ごす」の一文で終わる。

4つの夜のほかに、公務の記録が23時を過ぎてから終わった夜が5回ある。金沢の演説会から戻って、官邸で国家安全保障会議に出た2月28日もその1つだ(詳細)。

365日の内訳

365日の一日一日に、どんな日だったかを1つずつ当てはめた。表の上の種類から順に見て、最初に当てはまったものを取っている。

種類日数平日休日
海外にいた日(外遊9回)341717
遊説の日1394
東京を離れた国内の日(遊説以外)16115
国会に出た日79790
終日、居所で過ごした日69168
それ以外(東京で公務の記録がある日)15412331
合計365240125

「平日」は月曜から金曜のうち祝日と年末年始(12月29日〜1月3日)を除いた日、「休日」はそれ以外。「居所」は公邸・議員宿舎・私邸(詳細)。終日居所の平日1日は、お盆の8月14日(金)である。

いちばん多いのは東京で公務の記録がある日で、国会に出た日がそれに続く。海外にいた日と重なる2日を加えれば国会に出た日は81日で、本会議や委員会にいた時間は1年で305時間になる(国会の記事)。

外遊で最も長かったのは、6月の英国・イタリア訪問とG7サミット(フランス・エビアン)の6日間だった(外遊の記事)。

衆院選の遊説では、北海道から鹿児島まで23都道府県を訪れ、2月2日には山梨・長野・新潟の3県を1日でまわった。遊説の日には、2月28日に金沢市で石川県知事選の候補者の演説会に出た1日も入っている。

遊説のほかに東京を離れたのは、能登の被災地の視察や、6月23日の沖縄全戦没者追悼式などの日である。1月には奈良で韓国の李在明大統領を迎えた。

季節で見る1年

月ごとに、国会に出た日、海外にいた日、東京の外に出た日、終日居所の日を数えた。

月国会海外東京の外終日居所
2025年10月2510
11月10513
12月8027
2026年1月1095
2月6075
3月12426
4月10006
5月8706
6月7615
7月8306
8月0049
9月0415
10月9006

単位は日。2025年10月は21日から、2026年10月は20日まで。「東京の外」は遊説を含めて東京を離れた国内の日。この表は1日を1つの種類に限っていない。

表を上から読むと、1年の中身は季節で入れ替わる。秋は国会と外遊、冬は衆院選の遊説、春から初夏はまた国会と外遊が並び、8月と9月には国会に出た日がない。

10月24日に所信表明演説をした翌日、首相はマレーシアへ発ち、帰国した翌日の28日には迎賓館でトランプ大統領と会談している。年が明けると東京の外に出た日が増え、1月23日に衆院が解散されたあと、公示の27日から投票日の前日まで遊説が12日続いた。

2月18日に召集された特別国会で再び首相に指名され、春は予算の審議が続く。3月下旬からは「中東情勢に関する関係閣僚会議」が動静にたびたび現れ、4月7日に2026年度予算が成立した。5月から7月には、6月のG7サミットを含めて外遊が4回あった。

国会が閉じた8月は、7月末からの「熊本地震非常災害対策本部会議」が続き、8月3日には熊本の被災地を上空から視察した。6日は広島、9日は長崎の平和祈念式に参列している。終日居所の日は9日と、1年で最も多い月だった(8月の記事)。

9月17日に内閣を改造し、21日からはニューヨークで国連総会に出席した。10月5日には臨時国会が召集されている。

平日の一日

2025年11月7日、金曜日の午前3時1分。首相は当時住んでいた議員宿舎を出て公邸に入り、6時26分まで秘書官と打ち合わせをした。この日は衆院予算委員会にも、合わせて7時間出ている。

国内にいた日で、最初の公務が6時より前に始まったのは、前の夜からの続きを除くと、この1日だけだった。

海外にいた日を除く平日223日で見ると、公務が始まった時刻の中央値は9時35分、終わった時刻の中央値は19時9分だった。

ただし日による開きは大きい。8時台に始まった日と、10時を過ぎてから始まった日が、それぞれ3分の1ほど。21時を過ぎても公務が続いた日は30日あった(朝の公務の記事、夜の公務の記事)。

面会は1日に4件ほど。記者会見は1年で15回、報道各社のインタビューは92件あった。

休日と公邸

休日125日のうち68日は、公邸や議員宿舎から出た記録がない日だった。こうした日が続いたのは長くても3日で、2回とも3連休にあたる。逆に、衆院の解散と選挙をはさんだ1月19日から2月10日までの23日間は、こうした日が1日もなかった。

住まいは、就任から12月28日までが東京・赤坂の衆院議員宿舎、12月29日からが公邸である(宿泊先の記事)。

首相は2026年8月22日のXへの投稿で、休日や早朝・夜間は必要でない限り公邸から出ず、資料を読み、官僚とリモートで打ち合わせをしていると書いている。「公邸も職場」だという。動静は記者が把握した行動の記録で、公邸の中での執務は来客や発表がなければ載らない(「終日、公邸で過ごす」の記事)。それでも公邸などで公務が記録された日は33日あり、3月11日夜のG7首脳オンライン会議のように、発表を伴うものは動静に残る。

動静に記録された会食は24回で、20回は官邸か公邸だった。就任した10月と11月は0回で、予算が成立した後の4月から6月に14回が集中している(会食の記事)。

最も多く会った相手

面会の記録を相手ごとに数えると、多い順の10人は次のとおり。国家安全保障局長と内閣情報官(7月末から国家情報局長)が上位の2人で、財務相、外務省と防衛省の幹部、官房長官と副長官が続く。

相手動静の肩書き回数
市川恵一国家安全保障局長190
原和也内閣情報官、国家情報局長163
片山さつき財務相83
船越健裕外務事務次官69
金井正彰アジア大洋州局長45
尾崎正直官房副長官33
萬浪学防衛省防衛政策局長29
木原稔官房長官28
佐藤啓官房副長官25
岩本桂一外務省中東アフリカ局長25

1行に複数の相手が書かれていれば1人ずつに分け、海外での日程は除いた。原和也氏は7月31日に国家情報局長の辞令交付を受けた記録があり、内閣情報官としての124回と国家情報局長としての39回を合わせている。歴代首相との比較は誰と最も会っているかの記事にある。

1年の記録

記録日付
最初の公務の最も早い時刻: 午前3時1分2025年11月7日
公務の記録が24時まで続いた日: 4日2025年10月21日、12月8日、2026年2月8日、7月24日
1日の面会の記録の最大: 15件2026年4月28日、6月25日
最も長い外遊: 6日2026年6月13〜18日
遊説で1日にまわった県の最大: 3県2026年2月2日、2月6日
終日居所の日の最長の連続: 3日2026年7月18〜20日、10月10〜12日

外遊のほかは国内にいた日の記録。「最初の公務」は、前の夜から日付をまたいで続いた記録を除いた。

データについて

対象は2025年10月21日から2026年10月20日までの365日で、首相動静は1日も欠けずに収録している。収録元は、2026年4月26日までが日付ごとの表形式の記録、27日以降が朝日新聞の記事(一部の日は時事通信の記事)。両方がそろう4月27日から29日の3日で比べると、最初の公務の時刻と面会の記録の数はほぼ同じだった。それでも書き方の違いは残りうるため、月ごとの値は、時期による違いと書き方による違いを分けずに並べている。

平日と休日: 平日は月曜から金曜のうち、国民の祝日・休日と年末年始(12月29日〜1月3日)を除いた日。休日はそれ以外の125日。

1日1種類の内訳: 表1は、1日に1つの種類を上から順に当てはめた。「海外にいた日」は日本を発った日から日本に着いた日までで、外遊1回はそれが続いている期間(外遊の記事と同じ)。「遊説の日」は街頭演説や候補者の演説会の記録がある日。「東京を離れた国内の日」は行き先に東京都以外の地名が記録された日で、電話やオンラインの記録を除き、一覧を読んで確かめた。「国会に出た日」と出席時間は、衆参の本会議場か委員会室にいた記録で数え、院内での待機やあいさつ回りは含めない(国会の記事と同じ)。「終日居所」は、その日の記録がすべて居所での滞在で、移動や公務の記述がない日(「終日、公邸で過ごす」の記事と同じ)。

時刻: 最初の公務と最後の公務は、居所での滞在と私的な行動を除いた最初の記録の開始時刻と、最後の記録の終了時刻で、移動を含む。平日の時刻は、海外にいた日を除く平日223日のうち、公務の記録がない8月14日を除いた222日の中央値。朝の公務の記事と夜の公務の記事は月曜から金曜(祝日を含む)で数えていて、その数え方では、この期間の最初の公務は9時43分、最後の公務は19時8分になる。

日付をまたいだ夜: 国内にいた日で、公務の記録がその日の24時まで続き、翌日の記録がその続きから始まる夜を数えた。23時台に記録が終わった夜は含めない。6月27日の動静も「午前0時、官邸発」で始まるが、前日26日の記録は公邸での会食で終わり、官邸に戻った記録がない。24時まで記録が続いた形になっていないため、数えていない。「最初の公務が6時より前に始まった日」は、海外にいた日と、前の夜からの続きで始まる日(4つの夜の翌日と6月27日)を除いて数えた。

面会と会食: 面会の件数は、動静の面会・会談の記録の数。相手ごとの回数は誰と最も会っているかの記事と同じ方法で数え、この記事の表だけ原和也氏の二つの肩書きを合わせた。会食は会食の記事と同じ数え方で、外交の会食、懇親会などの行事、相手の書かれていない食事、秘書官や家族とだけの食事を除く。

既存の記事との違い: 各記事は期間の終わりが違うため、高市早苗の数字がこの記事とずれる。歴代の首相との比較は、それぞれの記事にある。

出典: 2025年12月8日の地震は気象庁の地震月報、衆院選の公示日と投開票日はnippon.comの記事、2026年度予算の成立日は時事通信などの報道、首相の投稿は2026年8月22日のXによる。

収録範囲と分類方法は「サイトについて」を参照。


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