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首相動静は、誰がどうやって書いているのか


2025年11月7日の午前3時1分、高市早苗首相は東京・赤坂の衆院議員宿舎を出た。宿舎の前には記者がいた。時事通信の記事によると、首相は宿舎を出る際、記者団に「おはようございます」とあいさつしている。

その夜、時事通信の首相動静には「午前3時1分、東京・赤坂の衆院議員宿舎発。」と載った。首相は3分後に公邸に着き、3時5分から6時26分まで秘書官と打ち合わせをしている。

同じ日の衆院予算委員会では、黒岩宇洋議員が、前の晩に議員宿舎へ帰ったとき、そこにいた記者から、午前3時のレクに向けて役所の職員が待機すると聞いた、と述べている。

分単位の時刻が並ぶこの記録は、誰が、どうやって書いているのか。

首相動静は、政府が出す公式の記録ではない。官邸を担当する各社の若手記者(総理番)が、官邸や首相の住まいの出入りを見張り、来訪者に確かめ、分単位で書き残す記録である。首相の外出先は代表の社が追い、各社で共有する。社が違っても、時刻や文面はほとんど同じになる。記者から見えない場所の出来事は載らない。

首相動静とは

共同通信のニュース用語解説は、首相動静を、首相がいつ、どこで、誰と会ったかを「分刻みで記録した記事」と説明している。書くのは新聞社や通信社、テレビ局で首相官邸を担当する記者で、「面会者らに取材、確認した上で出稿」するという。

政府の側にも首相の一日を伝える発信はあるが、中身は異なる。首相官邸のサイトの「総理の一日」は、日々の動きのうち主なものを写真とともに紹介するもので、時刻や面会者を一覧にしたものではない。NHKの2018年の記事によると、官邸が前日に公表する日程はごく一部で、出邸時間の目安と閣議だけという例もある。日程の空欄は「予定がないのではなく、公表されない」のだという。

同じ記事によると、官邸の入館の記録は「遅滞なく廃棄する」扱いで、公式の記録は残らない。米国ではホワイトハウスの入館記録が情報公開の対象で、オバマ政権は一部を除いて公表していた。その一方で、首相動静のような記事は米国にはない、と上智大学の前嶋和弘教授が記事の中で話している。日本経済新聞も2026年の記事で、首相動静を「日本独特の仕組み」と書いた。首相がいつ、誰と会ったかを分単位でたどれる公開の記録は、日本では事実上、首相動静しかない。

誰が、どうやって書くのか

NHKの記事によると、首相動静を担うのは、各社の政治部の1年生記者が務める「総理番」である。ジャーナリストの常井健壱氏は2026年9月のnoteで、20代の総理番も珍しくないと書いている。

人数は社によって違う。朝日新聞では30歳前後の若手記者2〜3人が交代で首相を見張る、と同社政治部デスクの林尚行氏が2017年にwithnewsで書いている。NHKは2018年の時点で5人の総理番を置き、盆も正月も含めて1年365日を受け持っていた。時事通信の2021年の記事も、各社とも数人の記者が交代で番を回していると書く。林氏によれば、各社を合わせて日々数十人の記者が首相を追っている。

総理番は、官邸3階のエントランスで待機する(NHK)。首相の執務室がある5階には原則として立ち入れず、3階の控え室に置かれたモニターで、廊下を映すカメラの映像を見る(時事通信)。首相が私邸にいれば私邸の前に、冒頭の日のように議員宿舎にいれば宿舎の前にも立つ。出入りの時刻は、記者が1分単位で記録する(日本経済新聞)。

来訪者が誰かは、記者が自分で確かめる。NHKの記事によると、総理番は官邸の入り口で、入ってくる人に片っ端から声をかけ、首相に会うのか、用件は何かを尋ねる。誰かわからない人には名刺交換を頼む。官邸を出るときにも改めて取材し、結果を官邸の記者クラブにいる上司などにすぐ報告する。衆院議員の河野太郎氏も2022年のブログで、官邸の正面玄関に入ると総理番が出てきて、入るときには首相との面会かどうかを、帰りには首相と会ったかどうかを確かめられると書いている。首相が料亭などで食事をするときは、駐車している車のナンバーや種類から相手を割り出すこともある、と林氏は書く。

首相が官邸の外に出るときは、時事通信と共同通信の2社が報道各社を代表して首相の車列を追い、専用の「番車」で行き先を見届ける(時事通信)。NHKの記事によると、2社がつかんだ首相の動きは速やかに各社で共有される仕組みで、この形は「時事共方式」と呼ばれている。共同通信の説明では、1967年6月末に、当時総理番を置いていた報道12社の編集局長が集まり、一部を代表取材とすることで合意したのが始まりだという。

記者から見えないもの

記者が確かめられるのは、見える場所での出入りである。見えない場所で起きたことは、動静には載らない。

官邸の中にも、見えない部分がある。NHKの記事によると、執務室には監視カメラのある廊下を通らずに入れる経路があり、官房長官や秘書官が執務室を出入りする姿はほとんど映らない。敷地の出入り口も、少なくとも4か所ある。

首相の住まいも同じである。常井氏によると、公邸の車寄せは向かいの国会記者会館の屋上から見えるが、個人的な来客まではわからない。公邸を訪れる人が、家族の出入りする裏口から入れば、動静には載らないという。官邸と公邸は地下通路でもつながっている(日本経済新聞、2011年)。NHKの記事は、首相が公邸に泊まった日に政治家が中に入っていたと、後でわかることもあると書いている。

会食の場では、途中で席を外して別の部屋にいる人と会う「篭脱け」がある、とNHKの記事は書く。毎日新聞論説室の野口武則氏も2022年、官邸や高級ホテルは出入り口が多く、裏口を使われればすべては把握できないと書いた。電話やメールでのやりとりも、記者の目には入らない。

確認が取れなければ、載せない判断もある。2018年7月25日の夕方、山口県の県議ら約30人が公邸を訪れ、首相も公邸に入った。総理番は面会があったとみて取材したが、県議側は首相とは会っていないと答え、官邸側も同じ説明をした。朝日新聞は、何度確認しても面会が認められなかったとして、翌日の朝刊で首相動静への掲載を見送った(同社の2018年8月の記事)。

どの社も把握できなかった例もある。2012年2月25日の野田佳彦首相の動静は、翌日の掲載で「日本料理店で官房長官と食事」となっていた。林氏のwithnewsの記事によると、実際には谷垣禎一自民党総裁と会っていた。後でそれがわかり、総理番たちは悔しがったという。

動静によく出てくる「終日、公邸で過ごす」も、常井氏の説明では、記者から見える範囲では首相の動きが確認できなかったという「マスコミ側の結果報告」である。この一文が何を記録しているかは、別の記事で詳しく見た。

各社の首相動静——名前、出る時刻、書き方

首相動静を出している主な社の、ウェブ版での欄の名前と公開の時刻は次のとおりである。

社ウェブ版の欄の名前公開
時事通信首相動静(9月25日)当日22時2分
日本経済新聞25日の高市首相の動静当日22時〜23時30分
朝日新聞首相動静 25日翌朝5時
読売新聞高市首相の一日(25日)翌朝5時
産経新聞高市日誌25日(金)翌朝5時
毎日新聞首相日々 25日翌日午前2時ごろ
東京新聞高市首相の一日 9月25日(金)翌朝7〜8時
NHK高市首相動静 2026年9月24日翌日(週末と祝日の分は次の平日にまとめて)

2026年9月25日分(NHKは9月24日分)の掲載で確認した。欄の名前は、朝日と時事が「首相動静」、毎日が「首相日々」で、産経の「高市日誌」、読売と東京の「高市首相の一日」のように首相の名前が入るものもある。朝日新聞は連載「首相動静」、日本経済新聞はトピック「首相動静」として、日々の記事をまとめている。

時事通信と日本経済新聞は、当日の夜に出る。紙の新聞を出す社の多くは、翌朝の新聞と同じころにウェブにも出す形になっている。本サイトが取り込んだ範囲でも、朝日新聞のウェブ版は、2026年4月27日以降の150日分がいずれも朝5時に掲載されていた。NHKは平日の分を翌日に出し、金曜から日曜までの分は翌週の月曜に1本にまとめている。連休も同じで、9月18日から23日までの6日分は24日に1本で出た。共同通信も「首相動静」を毎日配信しており、配信を受けた各紙に載る。

書き方は少しずつ違う。9月25日分では、朝日と時事が「公邸発」「官邸着」のように出発と到着を分け、「〜から〜まで」の形で終わりの時刻も記す。毎日と産経は官邸に入った時刻だけを並べる。日経は、9月18日分では「公邸から官邸」と移動を一つの時刻にまとめている。書き方は違っても時刻はそろっていて、9月25日分は時事、毎日、産経のいずれも、官邸に入った時刻を9時51分としている。9月20日分では、同じ一日を、時事と産経が「終日、公邸で過ごす。」、朝日が「午前中は公邸で過ごす。午後も公邸で過ごす。」、毎日が「公邸で過ごす。」と書いている。

文面まで比べると、重なり方はさらに大きい。2026年5月11日の朝日新聞と時事通信の動静を文ごとに並べると、朝日の21の文のうち20は、時事と一字一句同じだった。残る1文も、朝日が「午前8時44分、公邸発。」、時事が「同8時44分、公邸発。」と書き出しが違うだけで、時事には直前に「午前8時現在、公邸。」の行があるためである。時事にはこのほか、夜の「同10時現在、公邸。」の行もある。4月27日分でも、官邸での岸田文雄元首相との面会の行が、2社で一字一句同じだった。

前の節の代表取材と共有は、外出先についての取り決めである。官邸の中での面会の行まで同じ文面になる理由は、公開された資料からはわからない。言えるのは、2社の動静のもとになった記録が同じだということまでである。

動静に出てくる主な書き方は、次のとおり。

書き方意味
発・着「公邸発」はその時刻に公邸を出たこと、「官邸着」は官邸に着いたこと
同直前に出てきた時、日、場所と同じ。「午前8時現在」の次の「同8時44分」は午前8時44分、「同所発」は直前と同じ場所を出たこと
〜から〜まで面会や会議などの始まりと終わりの時刻
現在その時刻の首相の居場所。時事通信は朝と夜の居場所をこの形で記す
終日、〜で過ごす記者から見える範囲で、その日の首相の動きが確認されなかったこと(常井氏の説明)

よく知られた一行もある。2014年3月21日、安倍晋三首相は現職の首相として初めて「笑っていいとも!」に生出演した。タモリさんは、翌日の動静欄で「タモリと会食」という記述を見たいと言って、イチゴを振る舞った(シネマトゥデイ)。その日の朝日新聞の動静に載ったのは「司会のタモリさんとイチゴを試食」だった。この日の朝日の動静は、「【午後】0時23分、東京・新宿の「スタジオアルタ」。」のように、時刻と着いた場所を並べる形で書かれている。出発と到着を分けて書く今の朝日とは、形が違う。

首相動静の歴史

日々の動静記事が各社で始まったのは1970年代の初めである。NHKが各社に確かめたところでは、朝日新聞は1970年5月の「永田町」、日本経済新聞は1971年7月の「首相官邸」、読売新聞は1972年11月の「田中番日記」、毎日新聞は1973年1月の「内閣官邸日々」が第1号にあたる。朝日は佐藤栄作内閣の末期、ほかの3社は田中角栄内閣のころに始めたことになる。共同通信は社内の記録で1978年4月から残っており、産経新聞と時事通信は、始まった時期がよくわからないと答えている。

初めのころの動静は、今とは趣が違った。NHKの記事によると、朝日の第1号は、佐藤首相が予定より1時間以上遅れて官邸に着いたことを、前日のゴルフに触れながら書いている。1973年1月の読売の「田中番日記」には、面会の時刻の記述がない。

今の公邸は、2002年に今の官邸ができるまで官邸として使われていた建物である。そのころ総理番は、首相の執務室に通じる扉の前で面会者を確認していた(NHK)。産経新聞の2020年の記事には、旧官邸の時代は執務室まで出入りが自由で、ドアに耳を近づけて室内の声を聞く「壁耳」まで行われることがあった、という広報の経験が長い幹部の話が載っている。

NHKは長く内部の記録にとどめていたが、2018年4月にウェブで動静を載せ始めた。当時の名前は「総理、きのう何してた?」だった。

積み重なった記録は、別の用途にも使われている。待鳥聡史氏の論文「官邸権力の変容」(2015年)は、メディアに公表された首相の面会記録をデータにして、大平正芳首相から安倍晋三首相までの37年間の変化を検討した。朝日新聞は2024年、ある写真の撮影日を特定する際に、2013年6月30日の動静にある「午後1時9分」の記録を手がかりにした。

首相動静は、見える範囲を、見た人が、分単位で書いた記録である。載っていることは記者が確かめたことで、載っていないことは、なかったことを意味しない。

出典

冒頭(2025年11月7日)

首相動静とは

誰が、どうやって書くのか

記者から見えないもの

各社の首相動静

首相動静の歴史


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